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大阪高等裁判所 平成元年(く)65号 決定 1989年7月18日

少年 M・K(昭47.7.18生)

主文

原決定を取消す。

本件を京都家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、要するに、少年は、非行事実第一の自動二輪車(ヤマハFZR400、登録番号大阪え8547、以下オートバイという。)を盗んでおらず、そのオートバイは、Aが窃取した物であるから、原決定には重大な事実誤認があるというものと解される。

そこで、1件記録を調査して検討するに、原裁判所で調べられた関係各証拠、特に少年の司法警察員に対する平成元年5月11日付、同月15日付(6枚綴り)及び同月25日付各供述調書、B作成の被害届、Cの司法警察員に対する供述調書並びに司法警察員作成の同月21日付及び同月29日付各捜査報告書、司法巡査ら作成の捜査報告書4通(但し「窃盗(オートバイ盗)被疑少年の取扱いについて」「犯行場所の特定について」「遺留品(ハサミ)の領置並びに写真撮影について」「遺留品(マフラー)の領置並びに写真撮影について」とそれぞれ題するもの)によれば、少年は平成元年5月10日深夜本件オートバイを蒸かして遊んでいたのを非番の警察官に注意され、その際そのオートバイが盗難車であることが発覚し、連絡を受けて駆けつけた他の警察官に最寄りの派出所まで任意同行を求められて同所で追及され、当初本件窃盗を否認していたものの、ついに自白し、その後、警察官の求めに応じて少年が犯行場所、犯行に使つた鋏の投棄場所、犯行後暴走行為をするためにオートバイのマフラーをはずしてこれを隠している場所を次々に案内し、その場所が警察官の方で予め察知していた被害場所と一致し(もつとも当審における受命裁判官の少年に対する尋問の結果によれば、犯行場所については、少年は、○○団地としか知らなかつたとにろ、同団地に行つて警察官の方で自転車置場の1か所に連れていきここから取つたのかと聞いてきたので「はい」と答えただけであると供述している。)、更に案内した場所から鋏やマフラーがそれぞれ発見され、捜査に当たつた警察官も、少年がオートバイを盗んだものと確信し、翌10日少年の身柄を母親のM・Kに引き渡し、在宅のまま後日少年を警察署に呼び出して少年の取調べを行い本件の自白を得て事件を京都家庭裁判所に送致し、同裁判所では第二の非行事実と併せて調査、審判をしたが、その段階でも、少年は、本件事実を争う態度を示さなかつた等の事実が認められ、右のような事情からすれば、原裁判所において、少年が自供どおりオートバイをDと共同して窃取したものであると認定したのは止むを得なかつたと考えられる。

しかし、少年は、原決定の後従前の態度を一変させて、所論の如くオートバイを盗んだのは自分ではないと主張するに至つたので、当審において事実取調べを行つたところ、少年は、当裁判所受命裁判官の尋問に対し、大要、オートバイは、不良仲間で中学校の先輩のA(同人は、原決定非行事実第二の共犯者である。)が、5月9日午後10時ころ少年の家に持つてきたものであること、その際Aは、「オートバイは○○団地から鋏をエンジンキーに差し込んでエンジンを掛けて盗んできた」「盗んだことはチクルな」と話したこと、その後Aと一緒にオートバイを乗り回したり、少年がAから借りて1人で乗つたりし、最終的には5月10日午後10時過ぎにAと一緒にガソリンスタンドにガソリンを入れに行き同人をフアミリアというスーパーマーケツトに待たせて少年が1人で女の子の所に行くと言つて運転して出掛けたところ警察官に見つかり窃盗の嫌疑をかけられ、当初否認していたが、抵抗できなくなつて思いつくまま友人のDと共同して自分がオートバイを盗んだと虚偽の自白をした(Dの名前を出したのは、Aとの約束で同人の名前をだすと後で同人から仕返しをされるのも怖かつたと供述する)、犯行場所についてはAから○○団地とだけ聞いていたのでそのように話し、後は警察官の指示した場所を「はい」と返事をしていた、鋏を使つてエンジンを掛けたと話したが、鋏については自分がAからオートバイを借りた時同人から言われて準備し、警察官に見つかつた際、鋏を持つていると窃盗犯人と間違われたらいけないと思い咄嗟に捨てたのでその場所に警察官を案内したらその鋏が見つかつた、オートバイのマフラーについては先にAと一緒にエンジンの音を高くして遊ぶためにはずして隠していたのでその場所に警察官を案内した、今回真実を話す気になつたのは、審判で少年院送致になり鑑別所に帰り担当の先生に事実を打ち明けたら本当のことを話すようにいわれ、もうAにしばかれてもいいから本当のことを話そうという気になつたためである、とそれぞれ供述し、一方Aも右受命裁判官に対し、オートバイは、自分と友人のEとで○○団地で盗んだことに間違いない、細かいことについて記憶が薄れている点もあるが、盗んだオートバイは、その日に少年らが当時たむろしていたFという友達の所に持つていつた、自分は、オートバイを○○団地で鋏をエンジンキーに差し込んでエンジンを掛けて盗んできたと話したが、皆がそれを貸してくれと言い出し、その際警察に捕まつたらその本人が盗つたと話すと言つていたが、A自身がチクルなと言つたかどうかは覚えていない、翌日夜少年と一緒にガソリンスタンドまで行き、自分は近くのフアミリアというスーパーマーケツトにいたところ、同人がガソリンをいれてきて、女の子の所に行つて来るからオートバイを貸してくれと言われ、自分はフアミリアで待つていたところ、少年が帰つてこなかつたのでやむをえず他の友達に家まで送つて貰つた、翌日少年とあつたので問い質したところ、同人は、警察に捕まつて自分が盗んだと話したと言つていた、自分は、オートバイのマフラーをはずした記憶はない、と証言し、その証言は、少年の前記供述と細部の点においては幾つか矛盾しているが、大筋で符合し、Aの証人尋問には親権者である母親が終始立ち会い、A自身、自分と少年とは自分が中学の1年先輩でどちらかと言えば自分の方が力関係は優位である、少年とその後盗んだオートバイの件で話し合つたことはないし、少年院から手紙をもらつたこともないとも証言しておりAの前記証言は信用性が高いと考えられ、これら当審における事実取調べの結果を併せ考察すると、原決定が認定したように少年が非行事実第一の窃盗をなしたとするには合理的な疑いが存するから、これを認めた原決定には事実誤認がある。関係証拠上肯認できる非行事実第二をもつて、なお少年を中等少年院に送致するのを相当とするかどうかについては、さらに慎重な審理を必要とするから原決定の右事実誤認は重大なものと認められ、原決定は取消しを免れない。

よつて、少年法33条2項、少年審判規則50条により原決定を取消し、本件を原裁判所である京都家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高橋通延 裁判官 萩原昌三郎 正木勝彦)

〔参考1〕 送致命令

決定

加古川学園在院中

M・K

昭和47年7月18日生

右少年に対する窃盗保護事件について、平成元年6月20日京都家庭裁判所が言渡した中等少年院送致決定に対し、少年から抗告の申立があつたが、当裁判所において、平成元年7月18日原決定を取消し、同事件を京都家庭裁判所に差し戻す旨の決定をしたので、更に次のとおり決定する。

主文

加古川学園長は、少年を京都家庭裁判所に送致しなければならない。

(裁判長裁判官 高橋通延 裁判官 萩原昌三郎 正木勝彦)

(原文は縦書き)

〔参考2〕 抗告申立書

抗告申立書

少年 M・K

右の者に対する窃盗保護事件について、平成元年6月21日中等少年院送致の旨決定の言渡を受けましたが左記の理由に依つて不服につき抗告を申立てます。

平成元年6月21日

抗告申立人 M・K

抗告の趣旨

ぼくは、FZR400ccのバイクをとったといっていたけどあれはうそです。ほんとは、1つ年上のA君がぬすんできました。そしてぼくは、家にいていました。そしたらA君がいきなりきて、FZR400ccのバイクをとってきたといいながらきました。そして、ぼくは次の日の夜、ちょっとだけかしてといってかりました。そして、その時、つかまってもちくるなよといわれたので今までうそをついてました。うそをついていてすみませんでした。

〔参考3〕 原審(京都家 平元(少)1432号、1492号 平元.6.20決定)<省略>

〔編注〕受差戻し審(京都家 平元(少)2111号 平元12.21保護観察決定)

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